本当は皆、人のお役に立ちたい
昼間、地元のバスに乗っていた。
2人がけの椅子に、私一人でゆったりと。
途中のバス停留所で、親子連れが乗ってきた。
赤ちゃんは抱っこ紐に乗せているお母さんが、4歳くらいの男の子を手を引いて、私の席の近くまできた。
バスはほぼ満席。この親子が座れる席はどうやら無さそう。
『あっ、いいです、いいです。大丈夫です』
そのお母さんは大きくかぶりを振ったが、私は立ち上がり、席を譲った。
5分くらい経ち、下車するバス停留所に着いた。
『先ほどは席を譲って下さって、ありがとうございます。』
私の顔を覗き込んで、笑顔でお礼を言ってくださった。
そのお母さんではない。バスの運転手さんが。
『えっ、あっ、いえいえ
』
何だか照れくさくなり、慌てて バスを後にした。
ポカポカ陽気の中、ぼんやり歩いてると、心が温かくなった
。
ふと考えてみた。
「以前の私だったら、席を譲っていただろうか・・・」
確かに子供が出来てから、余裕のある時(主に一人で移動しているとき)は、積極的に、席を譲るようになった。
子連れのお母さんはもちろん、ご年配の方などに。
やはり、自分が抱っこ紐などで連れて歩くようになってから、その大変さを痛感したからだ。
自分が子連れで電車バスに乗るとき、もちろん、さっと席を譲ってくれる時もある。
しかし、そうでない時もある。大体は私から目を逸らしたり、寝たふり、携帯から目を離さなくしている。
でも・・・これも恐らく悪気はないんだろうな、と思っている。
「席を譲る」気持ちはあっても、何となく声を掛けづらかったりするんだと。
私もそうだった。もちろん席を譲るときもあったが、はい
、寝たふりしたこともあった。
子供を抱っこして、電車の中で立っている若いお母さん。
楽しそうに話している様子に「大丈夫なのかな~」と、勝手に判断したこともあった。
経験しないと分からないことは、確かにある。
「今の日本人は、電車で席を譲る人が少ない。心が荒れている」など、そんな記事を目にする。
みんな自分のことだけでギスギスしている-否定的に斬るのはたやすい。
しかし、本当にそうだろうか。
ただ、分からないだけかもしれない。
つまり、サポートの仕方だったり、声をかけていいかどうか、その状況は本当に困っているかどうか など。
阪神大震災のとき、被災地の人たちがこぞって、助け合いの精神を発揮したように、そういう機会があれば、喜んで手を差し伸べる人は多いと、私は思っている。
わが娘にも、周りの人たちに自然と手を差し伸べられる人になってほしいと願っている。
でも、それは親の背中をみて、学んでいくことだ。
疲れたら、我先に席に座ろうとしてしまう その心根が問われるわっ
。精進しなきゃ![]()
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